美術デザイナーになるために~僕の履歴書2

今井伴也のこれまでの歩みを振り返るシリーズ、「美術デザイナーになるために~僕の履歴書」。

第二回は今井の原点である、学生時代のエピソードをお伝えしよう。

 

「絵が描ける仕事ですね。映画に携わりながら絵が描ける職はなんだろうと考えたときに、美術デザイナーがいいんじゃないかと思い至りました」

美術デザイナーを目指した理由について問いかけると、今井はこう答えてくれた。

 

高校時代の今井は、「映画三昧」と呼べる日々を過ごしていた。

「ラストエンペラー」、「スターウォーズ三部作」、「マトリックス」、「平成ゴジラシリーズ」、ジャンル、時代、洋の東西を問わず、さながら乾いたスポンジが瞬く間に水を吸収するかのように様々な映画を見た。

存分に映画に浸る生活の中でふと、「映画の何がこんなにも自分にとって面白いのか」に気が付いた。

今井はこう語る。

「例えば『誰も知らない』という映画では、すり減ったクレヨンが命の象徴として描かれています。『おくりびと』でも同じです。作中に出てくる小石が伏線になっています。『ラストエンペラー』もバッタが主人公と物語に対するメタファーとして登場します。『マトリックス』では黒電話が重要な役割を果たします。同作品から、映像だからこそ表現できることについて学び取りました。

つまり、僕にとっての、映画の本当のおもしろさはセリフや脚本ではありません。さりげなく映る小道具が大切で、オブジェクトこそが映画を支える。それこそが映像表現の醍醐味です」

何事にも「本質」というものが存在するだろう。

今井は生涯を捧げるに値うものに辿り着いた。

 

今井の通った高校は、文化祭が盛り上がることで有名だった。

そういった環境の中で、今井はクリエイターとしての片鱗を見せ始める。

2年生のときの文化祭だ。

「タイタニック」の出し物をやろうという話になり、今井が脚本を書き、美術デザイナーのような役割も、自らが果たした。

「美術の役割では、舞台の背景を描きました。体育館の端から端まで届くほどの大きな絵です。そして脚本を書くにあたっては、映画『タイタニック』のコピーではなく、オリジナルのものを作りたいと考えました。私の書いた脚本は、『フランダースの犬』だったのです。『タイタニック』と『フランダースの犬』、一見すると似ても似つかない両作品のように思えますが、主人公が絵を描く、貧乏である、『タイタニック』でヒロインであるローズの父親がジャックの絵を破るシーンは、『フランダースの犬』でもネロの絵が破られるシーンがあるなど、実は非常に似ていて、とても良いシナリオができたと思います」

今井が手掛けた「タイタニック」は、果たして高校の中で記録的な大ヒットとなる。

 

今井のパーソナリティの面はどうだったのだろう。

興味の沸いた筆者が、「今井さんはどんな少年だったのですか?」と質問を投げかけてみる。

すると、今井の口から、少しの淀みもなく答えが出てきた。

「中学、高校と、私は生徒会に入っていました。通学鞄や制服の自由化などを主張していました。なんと言いますか、リベラルなことに挑戦する学生でした。あの頃、挑むべきは体育教師でした。私の通っていた学校の体育教師はとても『堅い』存在で、頭ごなしに習慣やしきたりを押し付けてくる相手に対し、『不条理、理不尽なものには納得ができない』と意見をぶつけていましたね」

現在の今井のスタンスは、少年の頃と何も変わっていない。

「自分が『こうだ』と思ったら、周りが何を言っても持論を曲げない」

世の中の間違っていることに対し声を上げるのは、誰かがやらなければならないことだし、何よりも自分自身の納得がいかない。

現在は、日本の映像業界を取り巻く、非効率なこと、理不尽なこと、理に適っていないことなど業界のワーキングコンディションの改善や美術デザイナーの育成に取り組んでいこうとしている。

今井が少年時代に感銘を受けた小説、「兎の眼」にあった一節、「人間が美しくあるために、抵抗の精神を忘れてはなりません」という信念を今も胸に抱きながら。

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